日本の最果てにある与那国島にずっと昔から生きているヨナグニウマ。
今からほんの50年ほど前まで、ヨナグニウマは米やサトウキビなど、重い荷物を背中に載せて、人と一緒に働いていました。人は馬を大事にし、馬もまた人に尽くしました。そこには、ともに働いて喜びもつらさも分かち合う、人と馬のパートナーシップがありました。
そして今でもヨナグニウマたちは、人と一緒に働きたい、遊びたい、そう思っているのです。車や機械に役割を取られてしまった現代のヨナグニウマは、新たな役割を必要としています。人と一緒に暮らし、ともに遊び、共感しあい、安らぎを得る。そんな人間との新しい関係にこそ、ヨナグニウマが生き延びる道がある、と私たちは考えます。
観光はもちろんのこと、教育、医療、福祉、農業の分野など、ヨナグニウマが活躍できる分野は多岐にわたります。
私たちはこの大切な遺伝資源を守り、常に新しいヨナグニウマの活用法を模索しながら人と馬との新しい関係づくりを目指しています。
① ヨナグニウマってどんな馬? 普通の馬と何が違うの?
多くの方が思う「普通の馬」は、競馬や乗馬クラブで使われるサラブレッドやクオーターホースなどの、西洋から来た大型の馬ではないでしょうか。ヨナグニウマは、一言で言えば「日本の馬」です。日本に8種残っている日本在来馬(和種馬とも言います)の1種です。1969年3月25日に、与那国町の天然記念物に指定されました。
ヨナグニウマの特徴
・小さい
体高は、およそ110~120cmで体重は約200kg前後しかありません。競馬に使われるサラブレッドは体高160~170cm、体重も500kgほどありますので、それに比べるととても小さいです。
・足腰と蹄が強い
かつて農家の大事な担い手として活躍していた頃は、100kg以上の荷物を載せて働いていました。蹄が硬いので、足もとの悪い山道でも平気です。蹄鉄は必要ありません。
・毛の色は「鹿毛(かげ)」のみ。白い模様はありません
鹿毛とは、全身がほぼ茶色で、たてがみやしっぽ、足もとの色が濃い茶(または黒)の毛色です。茶色といっても、赤っぽい茶色、黒っぽい茶色、黄色っぽい茶色などいろいろです。よく見ると1頭1頭の毛色の違いがわかってきます。
・背中に鰻線(まんせん)がある
鰻線とは、背骨に沿ってたてがみから尻尾までをつなぐ濃い毛色の筋。改良種には出ないと言われ、より原種に近い馬に出ると言われています。はっきり見える濃い鰻線を持つ馬もいれば、よく見れば線が見える、というぐらいの馬もいます。
・性格は素直で温厚
もちろん調教の具合や個体によって、扱いやすさにはかなりの差が出ますが、素質がとてもいいです。正しい接し方と調教によって、本当に素直で優しい、人間のパートナーにふさわしい馬になれるのです。
② ところで、日本在来馬ってどんな馬なの?
日本在来馬は、北海道の北海道和種(道産子)、木曽馬(長野)、野間馬(愛媛)、御崎馬(宮崎)、対州馬(長崎)、トカラ馬(鹿児島)、そして沖縄県に残る与那国馬(与那国島)と宮古馬(宮古島)の8種類です。
これらの馬の起源はモンゴル高原であると言われています。かつて、日本在来馬に関しては「二派渡来説」(木曽馬や御崎馬などの中型馬は朝鮮半島から、トカラ馬や与那国馬などの小型馬は南方の島々からやってきたという説)が唱えられていました。
これらは別系統の馬であるというのが一時期定説になっていましたが、現在では遺伝子解析により、日本各地に残る日本在来馬は同じ系統に分類され、古墳時代以降に朝鮮半島から日本に渡来した馬の集団を祖先に持つ馬だとされています。
かつて、日本にはこれら小型~中型の日本在来馬しかいませんでした。実は、テレビの時代劇でお侍さんが乗って格好よく走っている大きな馬が日本でよく見られるようになったのは、明治以降。「平家物語」で源義経が「鵯越」の断崖を一気に駆け下ったときに乗っていた馬も、現在のヨナグニウマよりは少し大きいですが、小柄な日本在来馬だったのです。
こうして、戦に、農耕や駄載にと活躍していた日本在来馬ですが、明治の馬匹去勢法、昭和初期の種馬統制法以降、大型の軍馬を増やすという目的のために小柄な日本在来馬のオスはすべて去勢され、その数は激減しました。法が届かない地域に細々と残っていた各地の在来馬も、1960年以降、軽トラックやトラクターなどに役割を取られてさらに飼養頭数が減り、現在は1,707頭(令和5年度、日本馬事協会)が残るのみとなっています。
③ 日本在来馬はいつ与那国島に来たの?
現在の与那国島に生きるヨナグニウマとは、いつ頃から与那国島に生息しているのでしょうか。
実は、この疑問にはまだ明確な答えが出ていません。なぜなら、与那国島そのものに関する文献がほとんどないからです。
15世紀頃の朝鮮漂流者の漂流記(「成宗大王実録」)には移動した島々で見た動物を記録したものがあり、沖縄本島の記録に馬の記述があります(高良鉄夫著「馬と語る・馬を語る」・那覇出版社 1998年)。
ただ、本島以外の島々の動物のなかに馬の記述は見つかっていないため、この頃はまだ本島にしか馬はいなかったものと考えられています。ですから、与那国島に馬がやってきたのは恐らくもう少し後のことなのでしょう。
それはともかく、彼らはヨナグニウマという名がつく以前から「チマンマ(島馬)」として島の人々に愛されていました。今の軽トラックと同じように重い荷物を運んだり、お百姓さんの足として活躍していましたが、馬と軽トラと違うのは、人間と心を通わせ、一緒に汗をかくことができるということ。馬は農家の生活・仕事の相棒として愛され、とても大事にされていたのです。
④ ヨナグニウマが輸出品?
馬が輸出品、と聞くと驚かれるかもしれませんが、かつて沖縄は馬産地として知られていました。琉球王朝時代には、沖縄から明国へ進貢物として馬が輸出されていたという記録があります。当時、馬は硫黄と並ぶ琉球の大事な輸出品だったということです(その頃はヨナグニウマやミヤコウマという名前はなく、単に琉球産の馬でした)。
⑤ ヨナグニウマは数が少ないと聞きました。絶滅しちゃうの?
令和5年時点のヨナグニウマの数は110頭、ミヤコウマは50頭です。(日本馬事協会より)
どれぐらいの個体数が残っていれば絶滅を逃れるのか。それは今の時点では誰にもわかりません。今わかるのは、とっても数が少ないということ。そして、この愛らしい馬が消えてしまったら、未来の日本人はきっと後悔するであろうということ。
ヨナグニウマは離島中の離島である与那国島に残ったため、外来の馬との交雑が少なく在来馬のなかでも純度が最も高いと言われています。そのうえ、素直でかわいらしいとなれば、なんとしても守っていきたい馬なのです。
⑥ ヨナグニウマを守るって、どうしたらいいの?
まずは数を増やすこと、というのが最初に皆さんが思いつくことだと思います。でも、数だけ増やせばいいのでしょうか。
与那国島のヨナグニウマのほとんどは半野生状態で放牧されており、人間がエサをあげたりすることはありません。自分で草を食べて生きているわけですが、必要な草の量を考えると、今の放牧地で生きていけるヨナグニウマの数はそう多くないのです*。
与那国島の放牧地、北牧場や東牧場のヨナグニウマをよくよく見ると、エサが足りていないため、ガリガリの馬ばかりです。となると、与那国島以外の土地でも増やしていくことも考えなければならないと考えています。
また家畜であるヨナグニウマは、これまでに人と一緒に暮らし、パートナーとして働いてきました。ちゃんとした役割があったからこそ、彼らはここまで生き延びてこられました。しかし機械化が進んだいま、農家のパートナーとしての役割はほぼなくなりました。ヨナグニウマはいま、時代に合った新しい役割を必要としています。
人と共に生きていけるようなヨナグニウマの役割。みなさんも、一緒に考えてみませんか。
*1頭の馬を養うには約1ヘクタールの放牧地が必要だと言われています。
⑦ ヨナグニウマって与那国島の馬じゃないの? なぜ与那国島以外にもヨナグニウマがいるの?
「与那国島にいるのがヨナグニウマ」。かつては、そういう考えが主流でした。
でも島の小ささを考えたら、多くのヨナグニウマを養うのは難しいと思います。歴史的に見ても、もともとはモンゴルから来て日本中に広がった在来馬たちの一種で、なかでも琉球弧に居ついた馬たち(ヨナグニウマのみならず、ミヤコウマ、トカラウマなども)とは、遺伝子的にもかなり近い親戚です。血統管理さえきちんとすれば、どこにいてもヨナグニウマはヨナグニウマ、というのが私たちの考えです。彼らの素晴らしい資質が与那国島にとどまらず、世界に広がっていってほしいと願っています。そうした考えから、当協会では沖縄本島をはじめ、石垣島、久米島、静岡県にもヨナグニウマを運び、それぞれの場所でヨナグニウマを守り育てようとしています。戦争や疫病など、災害が起こった時のためのリスクを分散する意味もあるのです。
⑧ ヨナグニウマって、みんなおとなしいの? 誰でも飼えるの?
難しい質問です。最近はヨナグニウマがおとなしい、と聞いて、自分でも飼ってみたいという問い合わせが急増しています。一口にヨナグニウマといっても、人と同じようにそれぞれ個性があり、元気でやんちゃな馬もいればおとなしい馬もいます。
馬を飼うのは、犬猫を飼うようなわけにはいきません。毎日毎日、雨が降ろうが槍が降ろうが、おいしい草を上げてブラシをかけてあげて、蹄をきれいにしてあげて、糞尿を掃除してあげて、運動させてあげて……と、かなりの手間がかかります。
なので、無責任に「あなたも飼えます」とは絶対に言えません。ひとつ言えるとすれば、ヨナグニウマは個性はいろいろあるけれど、基本的には「飼い方や調教をきちんとしていれば、とても素直で人懐っこくてかわいい馬ですよ」ということ。本来素直なヨナグニウマは人の接し方次第でとても良い馬になります(逆に言うと、間違った接し方をすると悲惨なことになります…)。